• 2009.03.21 Saturday
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 小さいリングが幾つも散らばっている。
 一つ一つ、それだけで完結しているリングが絡み合う。
 二つになったリングはまた別のリングと絡み合い、リングはやがて大きく連なる事になるだろう。
 長く連なったリングも壊れる事はある物で、あるリングが壊れた事から幾つかのリングがその連なりから零れ落ちる。
 気付いた時、手を伸ばせばそのリングは掴めたかも知れない。
 だが時として、気付かぬうちにリングが壊れることもあるという事を、俺は知らなかったのだ。

 その女性は美しかった。
 流れるような金色の髪に、透き通るような空色の瞳。
 身に纏っているのは熟練した騎士のみが身に着けることを許される聖なる鎧。
 その背中には穢れる事を知らない純白の翼を持ったタイタニア――それが彼女、ファーナだった。
 そんな女性と向き合っているのは、一人の男性だった。
 黒い髪に、こげ茶色の瞳。
 身に纏っているのは普通のシャツにズボンで、どこにでも居るような格好をしているエミルの男性――それが、ルークだった。
 まだ少年と少女と言っても差し支えのない二人が立っているのは、アクロポリスシティの北側にある平原の一角にある小高い丘の上。
 沈み行く日の赤い光が平原に二つの長い影を落としている。

「……え? 今、なんて?」

「え、と……その――」

 ルークの言葉に驚いたのか、それとも聞き逃してしまったのか、ファーナは目を丸くして聞き返し、ルークは顔を赤くしてファーナから視線をそらして言った。

「……俺、冒険者になる」

 遠くに沈んでいく太陽を目を、細めて眺めながら呟くようにルークは言った。
 強く、その思いを、その言葉を自分自身に刻み込むように、はっきりと。

「貴方が冒険者として歩んできた経験。それは決して埋める事のできない差だと思う。でも――」

 ファーナへと向き直り、その青い瞳を見つめてルークは言った。

「でも、いつか君と肩を並べて旅ができるまで成長してみせる。その時、その時が来たら――俺と付き合ってください」

 お願いします、と言いながらルークは頭を下げ、握手を求めるように右手をファーナへと差し出した。
 そんなルークの姿を見て目を丸くしていたファーナは、やがて優しく微笑んだ。 

「その時が来たら、なんて約束は私にはできない」

 そう言いながら、ファーナはルークの手を両手で優しく包むように握った。

「けど、貴方と一緒に旅をする日を楽しみにしてるわ。だから、頑張ってね」

 ぎゅっと、強く握り締めてからゆっくり手を離しルークの頭を軽く撫で、ファーナは翼を使わずにゆっくりと歩いてその場を後にした。
 ルークは顔をあげ、その背中を目で追った。
 翼を使わずに足を使って歩いている彼女の姿は、まるで「頑張って追いかけてきてね」とルークに語りかけているように、彼には感じられた。

「よし、頑張るか!」

 自分に言い聞かせるように、誓いを立てるように声を上げてから、ルークはファーナの後を追って駆け出した。
 今はまだ追いつけない。
 一緒に旅をする事はできても、それは一方的に守られるだけになる。
 ルークはそんな事を望んでいるわけではないから。
 一歩ずつ、しっかりと歩んでいこう。
 そうすれば、いつかきっと――彼女に追いつけるはずだから。




 小さく、できる限り音を立てないように、風を起こさないように白い息を吐く。
 音を立てないように、標的に気付かれないように、呼吸を、気配を殺す。
 心臓はいつもと変わらないリズムで脈打っている。

  ――行ける。

 そう確信してから弓に矢を番え、ゆっくりと引き絞る。
 今朝方まで降っていた雪こそやんだものの、周囲には雪が降り積もっている。
 そんな銀世界の中を群れからはぐれたのか、一匹の白い毛皮を持った狼――ホワイトファングが当てもなく彷徨っていた。
 ホワイトファングは獰猛で、人を見ると襲い掛かってくる事は今までの狩りでの経験で分かっている。
 分かっているからこそ、番えた矢に気を込めて――構えた。
 今はまだ、風向きのおかげでこちらの存在にホワイトファングは気付いていない。

  ――まだ、ダメだ。

 あのホワイトファングを狩るだけなら容易な事だ。
 気付かれる前に一度、気付いてこちらに走ってくる間にもう一度弓での射撃を加え、攻撃をかわしつつ腰に携えているナイフで切りつければ良い。
 だが、それでは怪我をする可能性がある。
 落ち着くように自分に言い聞かせ、心を研ぎ澄ます。

  ――一撃。

 本来なら一撃だけでは仕留められない相手だが、それを成すために技がある。
 外すわけにはいかないその一撃を当てるのに必要なのはタイミング。
 待っていたそのタイミングは、すぐにやってきた。
 ほんの一瞬。
 時間にしたら僅か数秒の出来事でしかない。
 風向きが変わり、俺の臭いをホワイトファング嗅ぎ取り、足を止めて鼻をならした瞬間。
 その瞬間を逃さず、俺はそっと指を離した。
 放たれた矢は真っ直ぐ、一直線にホワイトファングの首目掛けて飛び――当たった瞬間、ホワイトファングの頭が宙を舞った。
 壊れた蛇口につながれたホースの様に、ホワイトファングの頭があった場所から血が周囲に撒き散らされる。
 そんな中、ホワイトファングの身体が倒れるのを確認し、構えていた弓を下ろして息をついた。
 チャージアロー。
 敵を遠くへと押しやって距離を取るためのスキルを自分なりに改良した結果が、あれだ。
 矢がまるで刃物のように対象を切り裂くオリジナルの技。
 標的が動かなくなった事を、周囲に他のモンスターが存在しない事を確認して、手にしていた弓を黒い翼の動きを邪魔しないように、尻尾に当たらないように注意をしながら背負う。
 そして、目に掛かった銀色の前髪を払いのけ、ゆっくりと今日の獲物へと近づくのだった。

 銀色の髪に血の様に紅い瞳。
 日に焼けていない白い肌を覆うのは同じように白いポーラーベアの毛皮のコート。
 背中には使い込んでいる弓と黒い翼があり、腰には矢の入った筒と先端が矢印のようになっている尻尾がある。
 周囲の状況を読み取り冷静に動くドミニオンの狩人、それがイットだ。


 その後、イットは何匹かのホワイトファングを仕留め、ソリに乗せて村への帰路につく。
 ざくざくと雪を踏み分けながら、葉の落ちきった木々の間を通る。
 白い、真っ白な雪に覆われた世界の中、立ち昇る白い煙を目にとめ、僅かにイットの顔が綻んだ。
 あの煙の下に、戻るべき家があるのだから。

「よう、イット。お疲れさん」

「おかえり、イット。頑張ってきたんだねぇ」

「イット兄ちゃん、おかえりなさい」

 村に入ると、村の入口に立っていた自警団員、老いてもまだ元気に生活している女性、村の中で無邪気に遊んでいる子供たちなど、様々な人間――エミルがイットに対して言葉を投げかけてくる。
 その一つ一つに笑って答えながら、まずは村の中央付近にある交易所へと足を向ける。

「お、今日はしっかり帰ってきたんだな」

 交易所――とは名ばかりの一軒家の前で、一人の男のエミルがイットに声を掛けた。

「……なんだ、カウズか」

 その男の顔を見て、イットはため息をついた。

「なんだとはなんだ。せっかく出迎えてやったのに」

 そういうと、カウズと呼ばれた男は立ち上がり、イットの曳いていたソリへと目をやり、「今日も結構獲ってきたんだな」などと呟くのが聞こえた。
 この男――カウズは交易所で働く男の一人で、主に毛皮の品定めを仕事にしているのだ。

「……ん、そこそこ良い値がつきそうだ。これならあの話も何とかなるな」

「……あの話?」

 ホワイトファングの毛皮を一通り見定めたカウズの呟きに、イットは思わず聞き返してしまった。

「……あぁ、イットは狩りに出てて会合に出てなかったから知らないのか」

 イットの顔を見て少し思案し、小さく呟いて納得したのか、カウズは語り始めた。

「……と、いう事だ」

「なるほど、そんな話になってたのか」

 この村を定期的に訪れていた商人のキャラバンがモンスターに襲撃されて壊滅し、村には定期的に物資が届かなくなったため、別のキャラバンに村に来てくれるようお願いをしよう、という話になったらしい。
 ノーザンプロムナードの酒場の店主に頼んだところ、信頼できる相手を紹介してもらう約束は取り付けたのだが、色々話し合う必要があるため、村の主要なメンバーが会いに行く事になった。
 その時に、この村で作っている工芸品や毛皮の加工品を持って行こうという話になっていて――それに相応しい毛皮を、カウズは探していたらしい。

「そっか、ノーザンプロムナードで……か」

「……あそこなら、親父さんの薬も手に入るんじゃないか?」

 イットの呟きを聞いたカウズは、なんでもないようにそう言った。

「薬があっても、買うお金がなければどうしようもないだろ」

「金ならうちで出してやるよ。何せイットは村一番の狩人だからな」

 声を上げて笑いながら、カウズはイットの手からソリの紐を受け取って家の裏側へと回って行き、ほどなくホワイトファングの代わりに大きな袋と小さな袋の乗ったソリを曳いて戻ってきた。

「ほれ。大きい方はいつもの食料な。小さいのが薬代だ」

 そう言って、イットの手に紐を握らせて交易所――と言う名の自宅の戸を開き、中へ入った。

「カウズ」

 扉が閉まる直前に、イットはカウズを呼び止め、

「ありがと、な」

「何、感謝される事じゃないさ」

 呟くようなイットの感謝の言葉に答え、カウズは戸を閉じた。
 一人残されたイットは天を仰ぎ、長く白い息を吐いて――視線を戻した。
 そして入口から一番遠い、村の奥まったところにある家に向かって歩いていった。


 戸の前に立って深呼吸を一つ。
 左手にはカウズから受け取った二つの袋が握られている。
 右手を胸の高さまであげ、目の前にある木製の戸を二度、軽く叩く。

「はーい」

 家の中から女性の声がしたのを確認して、一歩だけ後ろに下がる。
 数秒後、カチャリと音を立てて家の戸が開かれ――そこに、彼女が居た。
 亜麻色の長い髪に、栗色の瞳。
 すらりと伸びた肢体は健康的な肌色で、大きな瞳が特徴的な女性。
 それが、シズだった。
 シズはイットの姿を確認すると、そのくりっとした瞳を更に大きくし――イットに抱きついた。

「イット、おかえり、おかえり……っ」

 イットはシズに押し倒されないように踏ん張り、同時に袋を落とさないよう左手で握り締めた。
 そして、一拍遅れてから右手でシズの肩を抱き、

「ただいま、シズ」

 優しく微笑みながらそう言ったのだった。
 しばらく抱き合っていた二人だが、日が沈み辺りが暗くなっていたのを気に、家の中へと入った。

「はい、これ」

「いつもありがとう」

 家に入ると、イットはそう言って大きい方の袋をシズへと差し出し、シズはそれを受け取ると入ってすぐ右手にある部屋へと入っていった。
 そこは木製のテーブルと椅子が置かれたリビングで、さらにその奥にはリビングの様子も見えるようになっているキッチンがある。
 そしてキッチンの隅にはまた一つの扉があり、シズはそこを開いて部屋の中へと姿を消した。
 そこは食材や保存食を置いておく部屋で、幾つもの箱の中に様々な食材を分別して入れている。
 それを知っているイットは、シズの後姿を見送ってから廊下の突き当たりにある自室へと戻ると毛皮の上着を脱ぎ、弓と矢筒を机の上置き、その横にカウズから受け取ったお金の入った袋を置いた。
 それから私服に着替えるとイットは自室を後にして、廊下の中ほどにある一つの扉をノックする。
 数秒待ち、反応がない事を確認すると「失礼します」と声をかけ、その扉を開いた。
 全体的に暗い部屋の奥に、ベッドが一つ。
 そのすぐ脇に置かれた台の上には火の灯ったランプと水の入ったポット、そして伏せられたコップが一つずつ置かれていて、台の側には椅子がある。
 ベッドの上では50歳前後のエミルの男性が、今は穏やかな寝息を立てている。
 イットはベッドの側まで行き、台の側にある椅子を引いてそこに腰を下ろした。

「親父さん……」

 小さく声を掛け、その顔をじっと見つめる。
 この男性――シズの父親が居なければ、イットはこうして生きて居なかっただろうし、シズと出会うこともなかった。
 そしてこの男性は三日前に狩りに出た時、モンスターに襲われて大怪我を負い、仲間の狩人に背負われて村まで戻り――偶然居合わせたヒーラーのおかげで命を取り止めたのだが、以来意識が戻っていない。
 時折苦しそうに身をよじる以外、今のように穏やかな眠りについているのだ。

「……イット」

 どれぐらいの間そうしていたのか、いつの間にか部屋の入口にはシズが立って居て、「ご飯ができたよ」と伝えてくれた。

「ん、分かった」

 そう言ってイットは席を立ち、もう一度だけシズの父親の顔を見て、その部屋を後にした。
 イットが部屋を出るとシズは静かに扉を閉じ、イットに笑みを向けてからリビングへと向かった。
 その笑みを見てイットは一度だけ手を強く握り締め、シズの後を追ってリビングへと向かった。


 カチャカチャと、金属製のスプーンが陶器の器に当たる音が響く。
 イットとシズ。
 二人だけの食事の時、二人の間に会話はなく静かに食事が進む。
 親父さんが居た時は、こんなに静かな食卓にはならなかった。
 彼の人は人が集まっているのに皆で沈黙してしまう事が嫌いで、場を盛り上げようと自ら積極的に動いた。
 そんな彼が居ないから、イットとシズだけの食卓は静かに進むのだ。
 スプーンで陶器の器に注がれたシチューをすくい、口に運んで飲み込む。
 そんな動作を繰り返す中、イットはスプーンを陶器の器へと置き、向かいの席に座るシズの顔を見て口を開いた。

「話があるんだけど、良いかな」

 真剣なイットの表情に気付いたのか、シズはイットと同じように器にスプーンを置いてイットと視線を合わせる。

「今度、村の人たちがノーザンプロムナードに行くんだけど、俺もそれについて行こうと思うんだ」

「……なんでイットが行くの?」

「えっと、それは……」

「ここに来てくれてた商人さん達の事なら聞いてるし、どうして皆がノーザンプロムナードに行くかは知ってるけど……」

 そう言って、シズはもう一度「なんで?」と、イットに問いかけた。
 その表情をみて、イットの心は揺らいだ――何故なら、シズは不安そうにイットの事を見つめていたから。
 父親と、商人たちと同じ事になるのではないか、シズの表情にはそんな不安がにじみ出ていたから、イットは僅かに躊躇した。
 しかし――

「……親父さんの、薬を買いに行きたいんだ」

 それはシズのためでもあり、親父さんのためでもあり――イットのためでもあった。
 彼が居たからイットは生き延びた。
 彼が居たからイットはここに住む事になった。
 彼が居たからイットはシズと出会えた。
 そんな、様々な事をしてくれた彼の人に少しでも恩返しがしたい。
 そう考えた末の結論だった。

「……そうなの」

 イットの答えを聞いて、シズは俯いた。
 そして何かを考えるようにして、数秒後。
 シズは何事もなかったかのようにスプーンを手に食事を再開した。
 そんなシズの姿をみて、イットは少し困惑したものの、やがて同じように食事を再開した。
 食事が終わり、シズが食器を下げてキッチンへと行く。
 その姿を見送ったイットは席を立って、部屋を後にしようとした。
 その時、

「絶対、生きて帰ってきてね」

「……もちろん、生きて帰ってくるとも」

 シズの言葉に答えて、イットは自分の部屋へと戻った。
 ドアを締め、机の上のランプを灯して部屋の照明を落とす。
 ランプの明かりを頼りに、ベッドに腰掛けて机の上に置いていた弓を手に取って整備を始める。
 整備は十分足らずで終わり、イットは少し考えてから、小さな袋を手に取った。
 カウズから受け取ったその袋を開いてみると、中には薬を買うには十分すぎるであろうお金と、一枚の手紙が入っていた。
 その手紙に目を通し、その手紙を袋に入れて机の上に戻す。

「……明日、カウズのとこに行かないとな」

 その手紙は、ノーザンプロムナードに行くなら明日の夕方までに交易所に来るように、というカウズからのメッセージだった。


 翌日、イットはカウズのところに行き、ノーザンプロムナードへ行く事にする事を告げた。
 その二日後、他の村人たちの準備も終わり、一行はノーザンプロムナードへ旅立つ事になった。
 イットたちが村を離れている間、村の警備はそれなりに有名な冒険者の一団に任せる事になり、その一団とは村の入口ですれ違った。
 高位の騎士だけが身に着けることを許された鎧を着たタイタニアの女性が一人に、戦士の鎧を着たエミルの男が一人。
 スペルユーザーが好んで着ている服を着たドミニオンの男女に、特大リュックを背負ったエミルの女性の五人パーティーだった。
 後で話を聞いたところ、ナイト、ソードマン、ウァテス、シャーマン、ブラックスミスという職も性別も、種族もばらばらなパーティーらしい。
 その中で、金髪のタイタニアの女性騎士が首から下げていた十字架に、イットは目を奪われた。
 しかし、それはすれ違う一瞬の出来事で、イットの視界からすぐにその十字架は姿を消した。
 そんなイットの後ろで彼女たちは村へと入っていき、村の門は閉じられた。
 イットたちが村を発ってから四日目。
 彼らはようやくノーザンプロムナードへと到着した。
 村人たちが酒場へと行き、何人かの商人たちと会話をする中、イットは席を外して大通りにある魔法店へと足を運んだ。

「薬って言われてもね、色々あるのよ?」

 薬を買いに来たイットに、魔法店の店主が言った台詞がそれだ。
 イットはできる限り親父さんの症状を伝え、それに至る理由も伝え――結果として一つの薬を買うことになった。

「普通のモンスターに襲われたのならこれで大丈夫なはずよ」

 店を出る時、店主はイットに向かってそう言ったのだが……イットは、その言葉を聞き流してしまった。
 カウズから受け取ったお金は十分すぎた。
 薬を買っても余っているそれは、帰りに必要な道具を買い揃え、その日の宿代を払っても余るほどだった。
 魔法店を出たイットは少し考え、向かいにある雑貨店へと入った。
 買い物を終え、イットはその日の宿へと向かった。
 翌日。
 交渉は昨日の内に纏まったらしく、まだ早い内から一行は村への帰路についた。
 村へと帰る村人の顔は一様に明るく、これで大丈夫という気持ちが会話の、動作の端々からにじみ出ていた。
 そしてノーザンプロムナードを発ってから四日目。
 行きと同じだけの時間をかけて、イットたちは村へと戻った。
 村の門番をしていたのは見知らぬ男性で、一人前になった戦士がつけるような鎧を纏っていた。
 そんな男が門を開け、中に入るとそこには幾人もの見知らぬ冒険者が居た。
 イットがその中の一人にここに居る理由を聞くと彼はこう答えた。

「なんか急用ができたとかで呼び出されたんですよ。あぁ、報酬なら前任のパーティーリーダーに払ってもらっているので気にしなくて良いですよ」

 報酬の事が気がかりになっていた村人たちは、その言葉に安堵した。
 しかし、イットには違和感があった。
 信頼が命とも言える冒険者が、一度受けた依頼を途中で投げ出すのだろうか、と。
 その不安は、村の中央へと進むにつれて徐々に大きくなってきた。
 村の中にある家は、あちらこちらで何かと戦闘したような跡が見て取れる。
 それは家の壁にひびが入っていたり、屋根の一部分が何かに壊されていたり、窓ガラスが割れていたり、その程度と言えばその程度の事なのだ。
 しかし、イットの目には村の周囲を覆う柵は何らかの異常はないように見えた。
 イット以外の村人は、村長のところへ報告に行く事をイットに告げると、足早に去っていった。
 皆、商人の事も伝えたいし、自分の家の事も気になるのだろう。
 一人残されたイットは、ゆっくりと、そして徐々に足早になりながら、家を目指した。
 シズと親父さんが居るはずの家を。

「よう、イット。戻ったのか」

 交易所の前を通った時、カウズの声が聞こえた。
 しかし、それをも無視してイットは駆け出していた。
 真っ直ぐ、村の隅にあるシズの待つ家を目指して。
 そして、たどり着いた――いや、辿り着いてしまった。

「……嘘、だろ」

 呆然とするイットの口からそんな言葉が飛び出た。

「なんで……なんで、家がないんだ」

 言葉の通り、そこに家はなかった、無くなっていた。
 家があった事を示すように、地面に近いところでは壁のようなものも残っていたりする。
 しかし、それは家ではなかった。
 強いて言うのならば、家の残骸、とでも言うべきもの。
 こんな場所に、誰かが住んでいるはずもない。
 そう確信できるくらい、無残にも破壊し尽されていた。

「……イット」

 後を追って走ってきたのか、息を切らせたカウズの声がした。
 振り返ってみると、そこには膝に手をついて肩で息をするカウズの姿があった。

「……何があった」

 冷たい声だと、イットは他人事のように思った。

「……モンスターが」

 カウズの台詞はそこで途切れたが、それで十分だった。
 イットには、何が起きたのか分かった、分かってしまった。

「シズは、シズはどこに」

 それでも、まだ期待を持とうとするような、震えた声だった。
 そんなイットの言葉を聞いて、カウズは目を伏せた。
 イットには、それで十分だった。

「……っ。待てッ、イット!!」

 カウズの叫び声を背に受けながら、イットは駆け出していた。
 真っ直ぐ、ある場所を目指して。
 真っ直ぐ、村の共同墓地を目指して。

 村の片隅にあったシズの家から、共同墓地まではそう遠くなかった。
 イットはそう広くもない共同墓地の中を駆けながら、左右を見渡して目的の場所を探していた。
 ここにあるという確信と共に、無い方が良いと思う気持ち、そんな矛盾を抱えながら墓地を見渡すイットの目に、眩い光が飛び込んだ。
 思わず目を背け、改めて光の方を見てみると、それは何かが太陽の光を反射している事がわかった。
 ゆっくりと、何かに導かれるかのように、イットはその何かがあるところへと歩いていく。
 それは共同墓地の中でも端にある、まだ新しい墓だった。
 木で組まれた十字架に引っ掛けるように、見覚えのある十字架がかけられていた。
 それは、ノーザンプロムナードへと向かう時にすれ違った、女性騎士が身に着けていたものに酷似していた。
 イットの身体から力が抜け、そこに座り込んでしまう。

「……イット」

 しばらくして、ようやく追いついたカウズがイットに声をかけた。

「……この十字架」

「たしかに、それは先日村の警備に来た騎士が置いていった物だ」

 そう呟くイットの声に観念したのか、カウズはそういった。

「…………」

「……イット?」

 地面に座り込んだまま黙ってしまったイットに、カウズは声を掛けた。
 そんなカウズに、イットは搾り出すように、

「……悪い、一人にしてくれ」

 そう言うのが精一杯だった。

「……分かった」

 カウズはそう言うと、イットを残してその場を後にした。
 カウズが共同墓地を去り、その姿が見えなくなったころ、

「……ぅ、あ」

 あふれ出る涙と共に、嗚咽が、イットの口から零れた。

「し、ず」

 イットはズボンのポケットから、小さな、手のひらに乗るぐらいの大きさのケースを取り出した。
 ケースを開くと、そこには銀の指輪が二つ、納まっていた。
 片方を取り出し、握り締めてイットは天を仰いだ。

「ぅ、う……うあぁぁぁあああ」

 溢れる涙もそのままに、溢れる激情もそのままに、イットは叫んだ。
 帰ってこない、もう、二度と帰ってこない。
 あの優しい笑みも、あの温かいシチューも、あの声も、あの顔も、あの人は――シズは、もう帰ってこない。
 それが、イットにははっきりと分かってしまった。
 大好きだった親父さん。
 あの人が居たからイットは生き延びる事ができた。
 まだ新米の冒険者だったイットが無理をして深い傷を負った時、そんなイットを背負ってこの村につれてきてくれたのは親父さんだった。
 帰る場所のないイットを家に引き取り、狩人として一人前に育ててくれたのも親父さんだった。
 そして、彼女を――シズを、イットと引き合わせてくれたのも、親父さんだった。
 イットに数多くの大切なモノをくれた親父さんは、もう居ない。

「ああぁァぁあアあア――」

 大好きだったシズ。
 種族の違いなんて気にせず、イット自身を見つめてくれていた彼女。
 怪我をして帰ってくるイットを心配し、イットが怪我をする度に手当てをしてくれたシズ。
 イットが告白した時も、喜んでくれたシズ。
 そんなシズも、もう居ない。
 この場所に、ここに眠っている。
 イットは叫んだ。
 声の限り。
 喉がつぶれても構わない。
 そう考えて叫んだ。
 叫んだ。
 声の出る限り。
 天に届け、地の果てに届けと言わんばかりに。
 イットの慟哭が、優しかった、大切な人たちに届けと。

 やがて、喉が枯れ果て声が出なくなった。
 そして、イットはようやく周囲が暗くなっている事に気付いた。
 そう、夜になったのだ。
 無性に、笑いたくなった。
 親父さんが死のうとも、シズが死のうとも、世界は回り続けるのだ。
 日が昇れば朝が来て、日が沈めば夜が来るように。
 イットにとって大切なモノが失われても、世界は変わらず回り続ける。
 イットは握り締めていた指輪を墓に供えて、立ち上がった。
 そんなイットの目に、未だに輝く十字架が映った。
 黒い、どす黒い感情が、イットの心の奥から吹き出してくる。
 何故、親父さんが死ななければならなかったのか。
 何故、シズが死ななければならなかったのか。
 何故――何故、あの騎士はまだ生きているのか。
 ぐるぐると思考は回る。
 回る。回る。回る。
 何故。何故。何故。
 繋がらない言葉の連鎖はやがて一つの形を作り出す。
 そして、イットは立ち上がった。
 心の奥底に、その思いを抱いて――

 翌日、カウズが交易所をあけると、足元に一通の手紙が置かれていた。
 差出人の名は書かれてなく「カウズへ」と短い言葉が記されていた。
 その手紙には感謝の言葉と――別離の言葉が、記されていた。



 昨日のあれは何だったのだろう。
 セージマスターの家で書類の整理をしながら、ルークは考えた。
 一週間ほど前に「仕事でしばらく戻って来られない」とファーナに言われ、それならとセージマスターの下で資料整理の仕事をしながら魔術を磨く事にしたのだ。
 しかし、昨日いきなり酒場に呼び出され、何があったのかと悩みながら駆けつけたルークに、ファーナは抱きついて延々と泣き続けたのだ。
 「私が悪かった」「私の力不足で」「もっと気をつけていれば」そんな言葉を繰り返していたのだから、仕事で何かあったのだろうというのは分かる。
 多分彼女は今までにやった事のないような失敗をやらかしてしまったのだ。
 だが、それにしては仲間の対応が少し変だった。
 抱きつかれて困惑するルークに、「ファーナの事を頼む」と言うと、仲間だけで飲み始めたのだ。
 そこで反省会でもするのであればルークも疑問に思わないのだが、彼らの様子は普通に一仕事終えたときのそれだった。

「……んー」

 何があったのだろう。
 彼女の――ファーナのことになると、仕事もそっちのけで考えてしまう。
 しかし、わからない。
 何があったのか想像する事はできても、それが正しいと思えない。
 そんな、思考の迷路に陥っているルークの耳に、

「こりゃ、早く資料を持ってこい」

 セージマスターの大声が聞こえてきた。

「はい、ただいま!」

 大声で返し、ルークは手元の資料を小脇に抱えて走り出した。
 
 まだ遠い。
 彼女の事が知りたい。
 悩みがあるなら聞いてあげたい。
 そう思っても、それは叶わない。
 ルークが未熟だから。
 まだ彼女と同じところまで上り詰めていないから。
 だったら、努力しよう。
 彼女と同じ位置に立てるように。
 対等に付き合えるように。
 守るだけではなく、守られるだけではない。
 互いに支えあう、そんな関係を目指して――ルークは、今日も努力し続けている。


  • 2009.03.21 Saturday 15:54
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