• 2009.03.21 Saturday
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 届かない、届かない、届かない。
 幾千、幾万もの言葉を費やしても、決して届かない。
 手を伸ばしても触れる事は叶わず、ただ……見ている事しかできない。
 実際、触れる事ができたら何か変わるのだろうか。

「…………」

 これだけ近くに寄ったのはいったいいつ以来だろうか。
 私たちが、戦場を共に駆けていた時。
 その後、各々の主について別の世界に移動して――
 それからは一つの世界に集まる事がなかった。
 正確に言うと、私たちが集まる事を忌避していたのだ。
 集まってはいけない。
 それは、私たちの間に存在した暗黙のルールだった。
 私たちが集まってしまえば――必ず、争いが生まれるのだから。


「……何、だと――?」

 フィランの言葉を聞いて、固まっていたレッツェルが、しばしの間を置いてようやくその言葉を口にした。
 いや、それだけを言う事しかできなかった。

「《碧緑の杖》を渡せといっている」

 剣の切っ先をレッツェルに向けたまま、フィランは再度告げた。

「……断る」

 蒼い刀身へと視線を移したレッツェルは、そう言ってから続けた。

「この杖は代々我が家に伝わる杖だ。渡せといわれて渡せるはずなどないだろ」

「……ま、そう言うだろうな」

 その答えを予測していたのか、フィランは小さくため息をつき――

「なら、力尽くだな」 

 その瞬間、レッツェルの視界は白一色で覆われた。

「な――ッ!!」

 その正体は、いたって簡単なものだった。
 食堂の奥から入口付近まで届くほどの長さを持つテーブルにかけられた純白のテーブルクロスが、何かしらの力を受けてレッツェルの視界を塞ぐように広がったのだ。

「――どけッ!!」

 碧の杖――《碧緑の杖》を手にしたレッツェルの一喝で、テーブルクロスは何かに切り裂かれたかのように二つに裂け、左右に分かれていく。
 その中央から、分かれる布の間をすり抜けるように、音も立てずにテーブルの上を疾走していたフィランが飛び出し――その手に持った、先ほどまで持っていたのとは違い銀色の刀身の剣を振るった。
 振るわれた剣は、まるでレッツェルを守る盾のように変化したテーブルに阻まれた。
 変化したテーブルは、まるでフィランとレッツェルとを区切る壁になるかのように、その形状を変化させていく。
 その隙に、フィランの方を向いたままレッツェルは後ろへ――窓の側へと、下がった。

「……なんだ、逃げるのか」

 轟音と共に元々テーブルだった壁は内側から爆破されたかのように弾け飛び、大きく開いた穴から黒い剣を持ったフィランが姿を現し、言った。

「逃げる……? この俺が?」

 まるで悪い冗談でも聞いたかのように、レッツェルの口元が歪み――

「逃げるのはお前の方だ。フィラン――いや、『蒼の後継者』!!」

 そう叫ぶや否や、手にした《碧緑の杖》を床に突きたて、叫んだ。

「――屋敷よ、喰らえ!!」

 瞬間、屋敷の壁が、床が、柱が鳴動し――其処から幾つもの、幾十もの細い触手、とも言うべきものがフィラン目掛けて飛び出した。
 まるでレッツェルを守るかのように前方に構える触手が一番多いと判断したのか、フィランは後ろへと飛び、退路を封じるかのように変化し始めていたテーブルを後ろ手の一撃で打ち砕き、前方から伸びた触手から距離を置く。
 その隙を狙っていたかのように、さっき二つに裂けたテーブルクロスで構成された鎖がフィランへと飛び、天井からもその心臓を貫こうとする槍が飛び出していた。
 フィランはいつの間にか取り出していた銀のナイフでテーブルクロスの鎖を切り裂き、また一歩後ろへ下がることで天井からの槍を避ける。
 入口付近まで下がったフィランに、いつのまに立ち上がっていたのか、頭を失ったメイドが背中に刺さっていた筈の剣を手に斬りかかって来た。
 フィランは振り下ろされる剣を左手に持った剣で受け、何も持たない右手でメイドの鳩尾を貫いた。
 鈍い、肉を貫く音と同時に、首のないメイドの身体が一瞬痙攣し――その動きを止めた。
 突き刺した右手を引き抜き、その手に握られた虹色の珠へと視線をやった。

「魔力で動く人形、か」

 力なく崩れ落ちたメイドを他所に、フィランは呟き――手にした珠を床へと落とした。
 メイドの攻撃で一段落ついたのか、屋敷の床や壁、柱が変化するような気配はなく、レッツェルもフィランの動きに注意を払っているだけだった。

「一目でそこまで分かるとは、流石と言っておこうか」

 余裕が出てきたのか、一歩前へと進みながらレッツェルは続けた。

「だが、我が屋敷の人形がただの人形だと思うのなら――」

「毒だろ」

 レッツェルの台詞を遮り、フィランは端的に告げた。

「まぁ、何にせよこの状況では関係ないがな」

「……何故、そう言える」

 一時的に混乱していたレッツェルだが、なんとか気を取り直したのか、フィランに問う事ができた。

「これで三体目だからな」

 それで話は終わりだと言うように、フィランは剣を振り上げ――

「大味だが、まとめて終らせよう」

 そう言って、剣を投げた。
 フィランの手を離れた剣はレッツェルの顔を目掛けて一直線に向かい――行く手を阻むようにせり上がった床に突き刺さった。

「いったい、何を――」

 そう言いながら壁になっていた床を割り、フィランを視界に納めたレッツェルは言葉を失った。
 突き出されたフィランの右手には、先ほど見せ付けられた蒼い剣が逆手に握られていたのだ。
 切っ先から根元に向かうにつれて僅かに太さを増す澄んだ青色の刀身。
 その剣に鍔はなく、刀身が絞り込まれるかのように柄へとその姿を変えているのが、レッツェルから見ても分かる。
 美しく、一つの完成された芸術品のように見るものを魅了するその刃を、フィランはゆっくりと床へ落とした。

「目覚めろ、《蒼青の宝珠》」

 瞬間、世界が蒼く染まった。
 刃が地面に触れる直前に砕け散り、荒れ狂う風を伴って蒼い炎が部屋の中を吹き荒れる。
 床に落ちていた虹色の宝珠は、蒼い炎に舐められると一瞬で消滅し、鎖に形状を変えていたテーブルクロスもがただの布切れへと姿を変えた。

「なん、だと……」

 炎が吹き荒れるよりも一瞬だけ早く床に穴を開けて階下へと逃れたレッツェルは、本能の命ずるがままに壁に穴を開けて屋敷の外へと逃げ出し――それを見てしまった。
 屋敷から少し離れた場所で振り返ったレッツェルの目には、蒼い炎に包まれる屋敷が。
 その二階部分、レッツェルが食堂として使っている部屋の窓にある、一つの人影を……
 その人影は窓を開くと、窓枠に腰掛てレッツェルを見下ろし――

「なんだ、逃げるのか」

 先ほどと、同じ事を言った。

「貴様――ッ!!」

 そう叫びながらも、レッツェルは一歩後ろへと下がってしまう。
 屋敷を変化させていたレッツェルには、あの炎の異常さが理解できたのだ。
 いや、理解できてしまったのだ。
 物質を変化させていた力が、強制的に解除されてしまった事を。

「……何なんだ、あの剣は――ッ」

「あんたの持つ《碧緑の杖》と同じようなものさ」

 そう答えながらも、フィランにレッツェルを攻撃するような気配はない。
 最も、フィランならば気配を感じさせずに攻撃する事も可能だろうが、フィランはただレッツェルの様子を眺めているだけだった。
 ――まるで、レッツェルを観察するかのように。

「……――ッ」

 レッツェルは言葉を続ける事ができなかった。
 手を出してはいけない、手を出せば必ず殺られる――という確信があった。
 それと同時に、あの力を手に入れる事ができたらという感情が、レッツェルの中には芽生えていた。
 その結果、レッツェルはしばしフィランを睨みつけた後に、地面に《碧緑の杖》を突き立てた。
 周囲の土が、まるでレッツェルを守るかのように盛り上がり、レッツェルの姿を完全に包み込む直前、レッツェルは見てしまった。
 窓枠に腰掛けるフィランの手に書類が握られているのを。
 それと同時に、その書類がレッツェルの書斎から持ち出されたものであるという事も、レッツェルには分かってしまった。
 しかし、レッツェルの姿はそのまま大地に包み込まれてしまった。やがて、盛り上がっていた土も沈んで行き――そこには何も残らなかった。

「……逃げた、か」

 パチパチを火が爆ぜる音を背に、元通りになった大地を見ながらフィランは呟いた。
 猛威を揮っていた蒼い炎はいつしか完全におさまり、ランプか何かが風によって倒されたのか、屋敷には火の手が上がっていた。
 しばしの間、フィランはその場からレッツェルが消えたあたりを見ていたが、やがて小さなため息を一つ吐いた。
 そして、どこからともなく取り出した革紐を身体に巻きつけ、

「閉じろ《模造された箱庭》」

 そう小さく呟くと、フィランの身体が徐々に薄れていき、大した時間もかけずに完全に消え去った。
 蒼と碧の後継者が消え、そこには誰も残っていなかった。
 屋敷も火の勢いが増している事から、そう遠くないうちに完全に燃え尽きるだろう。
 そして、燃え盛る屋敷の上空を数匹の蝙蝠が飛びまわっていた事には、誰も、気付かなかった。

  • 2009.03.21 Saturday 22:36
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