• 2009.03.21 Saturday
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 ぼやけた視界に映るのは、紅の瞳のドミニオン。
 その手に血に塗れた太刀を握り、私を見下ろすかのように立ち尽くしている。

  ――いったい、この者は何のために私に切りかかってきたのだろうか。

 そんな事を考えている間にも私の体から少しずつ熱が抜け落ちていく。

  ――き人よ、せめてもう一度……

 そう考えた私の頬を、一滴の水が伝い――落ちた。


 これは一人の男の話。
 これは一人のドミニオンの話。
 彼が何のために生きたのか、何のために行動したのか。
 これは、そんな物語。

 彼女と出会ったのは、南に向かう街道の途中だった。
 南アクロニア平原を抜けた先にあるウテナ川河口。
 街道沿いに歩き、海岸に出た時の事だった。
 のんびりと歩いている俺の上から、

「うわわ……そこの人、どいて、どいてーっ」

 そんな声が聞こえ、思わず上を見――とす、と落ちてきたものを受け止めていた。

「…………」

 その落ちてきたものを見て、俺は言葉を失ってしまった。
 金色に輝く髪に、白く小さい翼を持つ女性。それは――間違いなく、タイタニアだったのだから。

「……」

「えーと……」

 その声を聞いて、俺はゆっくりと彼女を地面へと降り立たせてやった。

「あの……」

 何か言いたそうにする彼女の両肩に手を置き、何も言わずに首を横に振る。
 そして、そのまま立ち去――

「待って、待ってくださいっ」

 ろうとしたところを、少女に引き止められてしまった。

「……何か?」

「いえ、その……」

 何か言いたそうにするものの、少女は俺の背中の方をちらちらと見るだけで、言葉を詰まらせているようだった。
 ――当然の事ながら、心当たりがある。

「えと……その……」

「……まったく」

 小さく呟いて、彼女の青い瞳を見ながら言った。

「俺の名前はアンリ。アンリ・フォアデルン。見ての通りドミニオンだ」

「あの、私はティレナ・エンフェレナと言います。あの、先ほどはありがとうございましたっ」
 俺の言葉を受け、タイタニアの少女――ティレナは深々と頭を下げて言った。

「いや、別に大した事はしてないだろ」

「いえ、その……なんと言いますか……」

 何か、言いにくそうにしている彼女の様子を見、小さく笑みを浮かべながら、俺は言った。

「ま、タイタニアが空から落ちてくるなんて思いもしなかったけどな」

「あう、そんな事言わないでほしいです……」

 その言葉に、彼女は恥ずかしそうに身体を縮こまらせたのであった。


「ところで、なんで空から落ちてきたんだ?」

 道端の石に腰掛け、ティレナが落ち着いたのを見計らってから、たずねてみた。

「え、と……」

 言い難そうに視線を宙に迷わせ、しばらくして――

「実は、私飛ぶのが苦手でして……」

 と、打ち明けてくれた。

「飛ぶのが苦手、か。そうだな……」

 その言葉を聞いて、俺はバックパックの中身をあさり始める。
 たしか、クリスマスに露店で買った、あの道具をここに――

「…………」

「お、あったあった。はいこれ」

 探してたものを見つけ、それを神妙な面持ちのティレナの前に差し出す。

「……え?」

 それを見て、思わず目をパチクリさせる彼女を見て、

「驚くのも無理はないけど、乗ってみな」

 そう言って、彼女の手にホウキを握らせた。

「乗る……ものなんですか?」

 手に握らされたホウキを見ながら、ティレナはそう言った。
 そんな彼女に対して、

「試してみたら分かるって」

 と、俺は笑いながら言ったのだ。



「うわぁ……飛んでる、飛んでますよ、このホウキ」

 横座りにホウキにのったティレナが、くるくると飛びながら嬉しそうに言った。

「そりゃ飛ぶだろう。魔法のホウキなんだから、さ」
 そう。俺が手渡したホウキは、ある人物が魔法をかけたホウキで、空を自在に飛ぶことができるようになっている。

  ――その時は考えもしなかった。
  何故、彼女にあのホウキを渡そうと思ったのか、という事を。

「でも、アンリさんはどうしてこんなホウキを持ってるんですか?」

「移動用に、だな。歩きっぱなしだと疲れるだろ? それに――」

 言葉を区切り、空を見上げる。
 どこまでも広く、果てしなく続く蒼い空を。

「たまには、空を飛びたいと思うこともあるさ」

「アンリさん……」

「ん?」

 神妙な面持ちをしたティレナが、俺の側に降り立って言った。

「これ、お返しします」

 そう言って、ホウキを差し出された。

「いや、それはあげるよ」

 差し出されたホウキを受け取らず、ティレナにそう告げて首を横に振る。

「でも……」

「まー、旅がちょっと苦しくなるかも知れないけど……そのぐらいは、冒険者が負うべき責任の範疇だろ」

 そう告げてもティレナは戸惑った様子を見せるばかりだった。
 無償で物を受け取る事が嫌なのか、ドミニオンから物を貰うのが嫌なのか、友達でもない人から貰うのが嫌なのか。
 どれも似ているようで、微妙に違い、答えとも微妙にずれている気がする。だから――

「そうだな。ならフレンド登録をしよう」

 そう言って、胸元に仕舞っていた端末を取り出して彼女に差し出す。
 差し出された端末を見て、目をパチクリとさせるティレナに、

「ま、嫌なら無理にとは……」

「やります!」

 言いかけた言葉は、ティレナの声によってかき消された。
 意気込んで見せ、俺から端末を受け取ったティレナは微笑みながら、

「私、フレンド登録するの初めてなんですよね」

 と、語り、端末の操作を進めてフレンドリストへと辿り着く。

「……俺も初めてなんだけどな」

 自分の名前以外載っていないフレンドリストを見られ、何となくそっぽを向きながら呟く。
 そんな俺の顔を見た彼女は、クスリと小さく笑ったのだった。



 互いの端末にお互いの名前を登録し、いつでも連絡が取れるようにしてからも、その場で俺と彼女は話し続けた。
 元の世界での生活や、試練の話、この世界に来てからの苦労やなど。
 話し始めれば止まる事は知らなかった。
 このまま、永遠に語り合えそうな気もした。
 そうしてそんなに自分の事を喋ったのか、また相手の事を聞いたのか。
 その時は理由なんて考えたりしなかった。
 でも、もしかしたら――

  それはエミルの世界でできた最初の友達と喋りたいという気持ちがあったのか。
  違う世界で生まれた者同士、偶然できた縁を大事にしようと考えていたのか。
  それとも――この瞬間から、全ては始まっていたのだろうか。

 どれぐらいの時が経ったのか、いつしか日は沈みかけていた。

「……って、もうこんな時間か」

「あれ、もう日が落ちかけてる……」

 互いに話、話を聞く事に夢中になっていたから、時間の経過を忘れていたがために訪れた結果。
 それ自体は当然であり、異論を抱くほどのものでもない。
 しかし――

「……この辺り、夜になると結構危険だったよな」

 場所にもよるが、一部の区域では巨大なブリキングが目撃されたという話を、俺は聞いていた。

「そう、なんですか?」

 そんな話も知らないのか、ティレナが首を傾げている。
 たしかに、普通なら巨大なブリキングを見かけるという話も聞かないだろう。
 ――冒険者なら普通は知っているものだと思っていたが。

「んー、仕方ない。夜の移動はやめて今日はこの辺りで野宿するか」

 そう呟き、バックパックの取り出しやすいところに詰め込んで居たテントを引っ張り出す。
 簡単に組み立てる事のできる、一般向けのテント。その名も――

「うわぁ、誰でもテントですね……」

「あ、これは知ってたんだ」

 誰でもテント。
 誰でも簡単に組み立てる事のできるテント。
 その代わり、耐久性がやけに低く、数回使うだけで壊れてしまうという代物。
 一般人でも知っている人は居るが――使う人は殆ど居ないはずだ。
 使う人の居ない理由は単純明快。
 かさばるから、だ。

「これぐらい知ってますよ」

 そういいながら、ティレナがテント設置の手伝いをしてくれる。

「……できた」

「……できましたね」

 ティレナが手伝ってくれたおかげか、テントは普段よりも早く完成した。
 その事に関しては別に問題はない、ないのだが……

「……ティレナ、テントは?」

「えと、その……持って、ないです」

 ……知り合って一日も経ってない男女が一つ屋根の下で寝るというのはいかがなものだろうか。



「……」

「……」

 気まずい。
 いや、別に気まずいわけではないが。
 何と言うか、居た堪れない。
 テントを持っていないティレナを見捨てる事もできず、かと言って片方が外で過ごすという事を許す事もできなかった。
 結局、テントを入って右側が俺の領域で、左側はティレナの領域という風に決めて、食事を済ませてからテントの中に入ったのだ。

「…………」

「…………」

 テントに入ってからというもの、お互いに何も喋っていない。
 黙々と寝る準備を済ませ、横になり――そこには、沈黙があるだけだった。

「……アンリ、さん。まだ起きてます?」

 そんな時、ティレナの方から喋りかけてきた。

「……起きてるよ」

 寝たふりをするべきかどうか一瞬迷ったものの、素直に返事をする。

「今日は、本当にありがとうございました」

 さて、その「ありがとう」はいったい何に対してのありがとうなのだろうか。

「いや、気にする事は無いだろ」

 そう、あくまでも当然の事をしただけなのだから。
 しかし、俺にとっては当然でも、彼女にとっては違ったのだろう。

「私、タイタニアなのに空を飛ぶのが苦手で……」

 訥々と、彼女は自分の事を喋り始めた。
 子どもの頃に飛んでる最中に雷にうたれた事。
 それは他の人が練習していた魔法が変な方向に飛んでしまった結果なのだが、それ以降空を飛ぶのが怖くなってしまった事。
 なんとか飛べても、ある程度飛んだら落ちてしまう事。
 試練を受ける事が決まっても、親は心配するばかりだった事。
 この世界で、自由に飛べないというだけで変な目で見られた事。
 ……色んな事を、彼女は喋ってくれた。
 それは彼女の本当の気持ちだったのだろうし、他の誰にも言えなかった気持ちなのだろう。
 そして――

「私は、今日アンリさんに会えた事を、とても幸せな事だと、思います」

 と、ティレナは微笑みながら言ったのだった。

「……」

 その言葉に、何も言えずに居ると――小さな寝息が、聞こえてきた。
 疲れていたのだろう、その寝息からは、何となく眠りが深いような気がした。

「まったく、どうしたものか……」

 今日初めて会った女性で、しかもタイタニアで。
 飛ぶのが苦手で、どちらかと言えばのんびり屋で。
 ドミニオンの俺を怖がっていたと思えば、すぐに打ち解けてしまったり。
 そして、成り行きで一つ屋根の下で一晩を明かすことになったり、身の上話を聞いてしまったり。
 挙句に、笑顔であの台詞……

「ほんと、どうしろって言うのさ……」

 悩んでいる自分が情けない。
 タイタニアだから、でまとめてしまえば楽なのに、それもできない。
 どこかで、彼女をタイタニアではなく一人の女性として見てしまっているような、そんな感覚。

「…………」


 結局、その日は殆ど眠れなかった。



 翌日。
 当初の予定通り俺は南へと向かい、彼女はアクロポリスシティへと帰った。
 再び街に帰ったら再会する事を約束して。
 南への旅路は結局のところ何も得る物はなく、しばらくはアイアンサウスへの入国が許可される可能性はない、と言う話を聞いてアクロポリスシティに帰ることになった。
 そして、アクロポリスシティへと向かう道中、ゆっくりと彼女の、ティレナの事を考えていた。
 どうするのが彼女のためになるのか、どうするべきか――結局のところ、自分がどうしたいのか。
 そして、考えた結果を、アップタウンで再会した彼女に、俺は伝える事にした。
 本当に、急な展開だったのだろう。
 彼女は驚いた様子で俺の話を聞き、そして、受け入れてくれた。
 それからの日々は本当に楽しいものだった。
 色あせて見えた世界が、色づき、本当に、楽しい時間を過ごす事ができた。
 そう。
 あの瞬間が訪れるまでは……



「……アンリさん。話があります」

 一つの家で暮らすようになってから、初めて真剣な顔をしたティレナが俺の部屋を訪ねてきた。
 部屋の中へと招き入れ、部屋においてあるソファーに座らせる。

「……」

「……」

 僅かばかりの時を、沈黙が支配する。
 その沈黙を嫌うかの用に、俺は彼女に問いかけた。

「話って……?」

 ティレナは黙ったまま、その小さな手をぎゅっと握り締め――やがて、小さく口を開いた。

「試練が、終わりました……」

 それは、この生活が終わる事を意味していた。

「……そう、か」

 いずれ来るものと分かっていたものの、目の前に提示されると、辛い。

「そうか、って……アンリさんは何も思わないんですか!」

「思わないわけないだろ!!」

 ティレナの台詞に、思わず叫び返してしまう。
 お互いの気持ちは一つなのに、意思は同じなのに……

「……ごめん、言い過ぎた」

「私も、言い過ぎました。ごめんなさい」

 互いに謝ったきり、黙り込んでしまう。

「……なぁ」

 沈黙しているだけでは話が進まない。
 あの時、彼女が進んで話をしたから、俺たちはここにいる。
 それを、俺は――俺たちは、知っている。
 だからこそ、口を開いて言った。

「お互い、一度故郷に帰ろう」

「……ぇ?」

 その提案は意外なものだったのか、ティレナの口からは疑問の声があがった。

「故郷に帰って、両親に告げよう。好きな人が居るって……故郷には、居られないって」

 それは、どれだけの覚悟が必要な行為だろうか。
 タイタニアからしたら野蛮なドミニオンを、ドミニオンからしたら宿敵のタイタニアを。

「そして、戻ってきたらこの家で一緒に暮らそう」

 ティレナの目を見て、俺はそう言った。
 どれだけの時間、見詰め合っていたのかはわからない。
 けれども、最終的に――

「……はい」

 彼女は、頷いてくれたのだ。

 そうして、俺たちは別れた。
 互いの両親に、自分達の思いを伝えるために。
 この思いを、貫くために。
 そして――



「何故だッ! 何故認めてくれないッ!!」

 両親にではなく、その場に集まった奴らに対して俺は叫んだ。

「どうして……どうして、俺の自由を認めてくれない!」

 家に帰り、戻ってきた事を喜ぶ両親に彼女の事を伝えた時、彼らの雰囲気は一変した。
 息子が強くなり戻ってきたという感情から、タイタニアに懐柔された裏切り者を見る目へと。
 そして連絡を受けた武官が俺を取り押さえるまでそう長い時間は掛からず――即座に、俺は裁きの間へと連れて行かれる事になった。
 裁きの間は事件を起こした同族を裁くための施設で、裁きを受ける罪人を中央に立たせ、それを取り囲むように作られた席に多くのドミニオンが座っている。
 そして、俺の叫びに答えるように、長老――と呼ばれているドミニオンが、口を開いた。

「宿敵であるタイタニアを友とする事、それこそが罪である」

 その声に賛同するように、幾つかの席から声があがる。
 口を開き、声高に反論するものの、俺の声には誰一人耳を貸さない。
 そして、全ての意見が纏まり――

「……よって、判決を言い渡す。アンリ・フォアデルン。汝は炎と闇の中で永劫の時を過ごせ」

「待て、俺の――俺の話を……っ」

 俺の言葉を聞くものは一人もなく、俺は武官に連れられ、裁きの間を後にした。



 そして今、俺は炎に焼かれながら生きている。
 暑い。熱い。あつい。
 大地は赤く燃え上がり、辺りを焼き尽くすかのように熱気を放っている。
 暑い。熱い。あつい。
 焼かれる肌が、焼けた空気を吸い込む肺が。
 暑い。熱い。あつい。
 周囲にはこの環境に適合した魔物たちが居る。
 暑い。熱い。あつい。
 彼らを殺し、喰らい、しばしの飢えを凌ぐ。

 炎の支配する大地は容易に俺を焼き尽くす。

 暗い闇の中で安息を求めるように眠りに付く。
 闇が支配する場所は、炎の大地に比べると涼しい。
 しかし、ここにも魔物は居る。
 殴り倒し、この場に寄らぬように仕向けたものの、いつ戻ってくるかはわからない。
 闇が支配する場所では、俺の魔法は通用しない。
 だからこそ、眠る時だけここに戻る。
 自分の安全を確保し、休息を取るために。
 起きている間は炎が支配する土地へと赴く。
 自分の強さを磨くために、強さを知らしめるために。

 そんな生活を繰り返し、どれだけの月日が経っただろうか。


 今日も、起きたら炎の大地の方へと進む。
 魔法の効力が上がるから、敵を容易に殺せるから。
 最近、冒険者と思しき子供を見かけるようになった。
 切りかかってくるので、容赦なく殺した。
 何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も、何人も。
 数えるのが面倒になるぐらい殺して、思った。
 こいつらは俺を殺しに来る。
 なら、こっちから先に殺してやろう、と。
 それからも、多くのエミルを、ドミニオンを、タイタニアを殺した。
 血塗られた、真赤な手で殺した。
 それ以外の方法を知らないから、そうした。
 延々と繰り返してきた日々。
 磨耗し、何故ここに居るのかも疑問に思わない。
 ただ、何かを求め――手に入れることのできなかった悔しさを、命を奪う事で手に入れようとしているような、そんな感覚。
 血に塗れる事で、更に遠のく感覚を覚えながらも、それ以外の方法を知らないから。
 それしかないから、それをやると言うだけ。
 ただ、それだけの日常。

 そして、その日が訪れた。


 目の前に立つのは、白銀の髪と紅の瞳を持つドミニオン。
 手には太刀が握られていて、いつでも切りかかれるように構えられている。

「あんたがどんな理由でここに居るかは知らない」

 殺し合いの前に、何かを言っているが、意味はわからない。

「でも、あんたが俺の前に立ち塞がるのなら……」

 意味なんて無いのかもしれない。

「容赦なく――斬る」

 どうせ、こいつも俺を殺そうとするのだから。
 一瞬で間合いを詰められ、横に振るわれた刃をスウェーバックでかわし、距離を取ろうとする。
 しかし、避けられた太刀の勢いを殺さず、更に一歩踏み込んで刃が振るわれる。
 かわす事を諦め、片腕でガードし――

「カオスウィドウ」

 がら空きになっていた腹部へと魔法を叩き込む。

「――ッ」

 一瞬、動きが止まるもののそれで終わる事はなく、刃が、動きが加速して数十とも見間違うような斬撃が俺の身体を襲い――全てを防御する事はできず、殆どをまともに喰らってしまう。
 そしてできた一瞬の隙。
 その隙を縫うように、剣士は一瞬にして刀を鞘へと納め、即座に踏み込み。その勢いを生かし、太刀を鞘から抜き放った一閃は、紛う事無く俺の身体を切り裂いた。
 力を失った体が、地面へと倒れこむ。
 ぼやけた視界に映るのは、紅の瞳のドミニオンの剣士。
 血に塗れた体で、その手に太刀を握り、私を見下ろすかのように立ち尽くしている。

  ――いったい、この者は何のために私に切りかかってきたのだろうか。

 そんな事を考えている間にも私の体から少しずつ熱が抜け落ちていく。

  ――き人よ、せめてもう一度……

 そう考えた私の頬を、一滴の水が伝い――落ちた。


 ………
 ……
 …


「……聖者の涙、か」

 ドミニオンの背徳者が残した涙を小瓶に詰め、さっと目で見て鑑定する。

「何がどう転んだかは知らないが、あんたは聖者だった。それは、この涙が保証してくれる」

 それは、決して彼には届かない言葉。
 居合いで切り裂いた彼の身体は、すでに闇に飲まれこの世界から消えてしまっている。
 だから、この声は彼には届かない。
 もし、何かできるとしたら――彼の分も、生きて幸せになる事だろうか。

「っと、これで集まったんだよな……」

 バックパックの中身を確認し、要求された道具が揃っている事を確認する。
 そして、取り出しやすいところに置いていた時空の鍵を取り出し、さくっと回してしまう。
 蒼い燐光が俺の身体の周囲に浮かび――燐光だけを残して、俺はその場から消えたのだった。


 アイアンサウスシティ。
 アクロポリスシティから南に下り、サウスリン岬の国境を抜け、鬼の寝床岩、鉄火山、アイアンサウス街道を抜けた先にある南の街。
 その街の鍛冶屋に、銀髪赤眼のドミニオンの姿があった。

「ほら、言われたとおり聖者の涙を七つ持ってきたぞ」

 鍛冶屋の親分にそう告げて、蒼い液体の入っている七つの小瓶を差し出す。

「……」

 無言のまま受け取った親分は、液体をじっくりと眺めすかし、それを持って奥へと消えていこうとする。

「待った、頼んだ品はいつできる?」

「……一週間」

 ドミニオンの男は重厚な低音の声を聞き、

「オーケー、じゃあ来週また来るよ」

 そう言って、銀髪の男は鍛冶屋を後にした。


 鍛冶屋への注文を終え、頼まれたものも持って行った。
 そして、約束の時間まではまだ日があるからのんびりと酒屋で――と考えた矢先、

「アーンーリー?」

 聞き覚えのある声がした。
 怒ってる。 この言い方は間違いなく怒っている。
 なんで怒っているかも、大体の予想はつく。
 だからこそ、怒りを煽らないように――

「……ティレナ、もう戻ってたのか?」

 と言って振り向き、今初めて知ったかの様に振舞って見せた。

 ガンッ

 鈍い音と共にわき腹に槍の柄がめり込んだ。

「全く、彼女の所在ぐらいフレンドリストで確認しておきなさいよね」

 明るい金色の髪をなびかせ、純白の翼で宙に舞いながら、ティレナはそう言ったのだった。


「で、どうだった?」

 謝り倒し、場所を酒場へと移してからの第一声がこれだ。
 ここに居る時点で大体の予想はつくはずなのに、ティレナは問いかけなければ気がすまなかったのだろう。
 だからこそ、正直に答える。

「んー、なんか好きにしろって言われた」

「好きにしろ、ねぇ……」

 なんか意味深な言葉よねー、などと言いながら笑ってるティレナも、同じような事を言われたのだろう。
 試練を終えたタイタニアがもう一度エミルの世界に戻ってくる事、そしてその理由が俺であるというのは、かなり異例な事なのだろう。

「で、ティレナの方は何かあった?」

「私? 私はねー」

 えへへと笑いながら、彼女はこういった。

「新しい名前をもらっちゃった」

「名前……あー、そういえば俺も苗字は変更になったんだっけ」

「嘘、ほんとに? 私だけかと思ったのにー、アンリもなんてつまんないー」

「そんな事言うなよ……」

 自慢したかったのに自慢できなかった。
 そんな感じでふてくされる彼女を見て「かわいい」と感じる。
 それが、小さな幸せだと認識しながら俺たちは自分の新しい名前を教えあう。

「俺はアンリ・エアレーゲ」

「私はティレナ・リュックバルド。これからもよろしくね、アンリ」

 そういって、にこやかに彼女は手を差し出した。

「これからもよろしくな、ティレナ」

 俺も、そう告げて差し出された手を握り締めた。

  もうこの手は離さない。
  絶対に、いつまでも守りきってみせる。
  ――そう、心に決めて。

「そう言えばアンリ、なんで一人でサウスダンジョンに潜ってたのよ。私も一緒に行くって約束だったでしょ」

「あぁ、新しい剣を鍛えてもらえる事になったんだけど……材料が足りなくて、さ」

「で、その材料を取るために一人で潜ってたわけ? 信じられない」

「来週にはその剣もできるみたいだし、見せれるよ」

「ほんとに? ねね、私もその剣触って良い?」

「良いけど……折るなよ? やっと作ってもらえる自分の剣なんだから」

「分かってるわよ。あー、来週が楽しみねー」

「……ティレナの剣じゃないんだからな」

「……分かってるってば」


 思いは続く、どこまでも。
 愛し合った二人、別離した二人、結ばれなかった二人。
 しかし、想いが一つならば――
 いつしか、結ばれる日が来てもいいのではないのだろうか。


  • 2009.03.21 Saturday 03:03
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